日記

コーヒーバーのマスターに透視され、ゲイシャと遭遇した?夜

九州のK市にあるコーヒーバー(このお店の第一弾の記事はこちら)に、私は1ヶ月に一度くらい訪れる。マスターはとにかく渋い深く煎った漆黒のコーヒーのような人だ。
その夜、地下のコーヒーバーに続く階段を降りきって扉を開けると、まだ早い時間だったためか、店内にはマスターだけが居た。
私達はカウンターの席に座り「お久しぶりです」といったなんでもない挨拶を交わしたあと、マスターは私に、突然切り出した。

そのコーヒー豆の名前を出されては……

「エスメラルダのゲイシャが入ってるんです。しかもオークションの豆です」
コーヒー好きの人なら、マスターが口にした言葉の意味はわかるでしょう、どれほど魅力的な言葉か。
私にとっては……そうですね。中学から高校生の頃、愛してやまなかったアイドルが、今日このお店に来ています、と言われたくらい衝撃的でした。
そしてマスターは、さらに次のように言葉を継ぎ足しました。
「飲んでみますか?」


ずるいよなーー、そりゃ飲みたいですよ。私はそこまでコーヒーにうるさくないし、風味もそんなにわかるほうじゃない。ただ好きで飲んでいるだけです。でも、エスメラルダ、ゲイシャ、オークションとくると、そりゃ飲んでみたくなりますよ。
じゃあ、飲めばいいかって?
いや、そりゃそうですが、問題は値段ですよ、値段。
店によっては1万円位の値段がついてもおかしくはない、それくらいの豆なのです。

マスターは、静かに、しかし力強くその値段を私に宣言した

私の友人には知っている人も多いのですが、私はあまり現金を持ち歩きません。Apple PayやEdyやIDでできるだけ支払うようにしています。
そのお店のカウンターに座ったとき、私のポケットに入っていたのは千円札が3枚。
値段が合わないだろうな……と、半分あきらめながら、少し安堵の気持ちも抱きながら。大好きなアイドルと対面するとき、もしかしたら何らかの理由でがっかりすることがあるかもしれないし……。
といった複雑で屈折した思いをいだきながら、私はマスターに「おいくらですか、今、現金をあまり持っていないのですが……」と問いかけると、マスターはその黒い瞳で私をぼんやりと、しかしどこかで射抜くような視線で見ながら
「2,800でいかがでしょうか」
と言い放ちました。
見えてんのか?私のポケット中が見えているのか?
なんだそのギリギリの金額は。私のポケットが見えているとしか言いようがないではないですか。

ゲイシャと果たして、遭遇できたのか……

マスターが口にした金額が、3,000円以下だったので覚悟を決めた。
「いただきましょう」と私は極めて冷静に伝えたつもりだ。でもマスターは、私の心の中は期待と不安が戦いながら、さらにマスターの人の、この客は何円かの値踏みをする能力に舌を巻いていたこともお見通しだったのだろう。
マスターは、特別な戸棚(と私には思えた)からゲイシャを厳かに(私はそう感じた)出してきて、しかしのその後はいつものように(私にはそう見えた)、マスターは、コーヒー用のポットから、ゲイシャを乗せたフィルターの真ん中にお湯を注ぐ。
やばい、マスターの透視の術に心を奪われた私は、このコーヒーを味わう能力すら奪われたような気がして、この段階で香ってくるはずのアロマを感じることができない……。

さて、ポットに落ちたコーヒーがカップに満たされた。
それが私の前に、ゴトリと置かれた。
飲んだ。
大好きだったアイドルは、
最高の22歳くらいの女優になっていた。

p.s.
この記事を書いていて、
そういえば中学生の頃、本当に大好きだったアイドルと30歳を過ぎて実際に仕事をすることになったことを思い出した。
いつか、そのことを記事にしてみようかと思っています。

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