エッセイ

ポケベルが鳴らなくて。さようなら、永遠に。

今年の秋に沖縄の石垣島に、3人の仲間と行った。
マングローブの川をカヌーで遡るアクチビティがあり、喜びが体の芯から湧き上がるほど楽しかった。

その話は、また他のサイトで書かせていただこうと思うのだけど。

iPhoneはどこへ行った?

90分のカヌーの旅を終え、河口に再び帰り着き、カヌーを丘に上げ終わった時に、一人が少し顔を青くしながら「iPhoneが無い」と絶望的な声を発した。
胸から吊るす防水ビニルケースに入れていたのだ。
が、確かにそのケースの中は空っぽだ。
「ついさっきまで、写真を撮ってました」
「なら、落としたのは、カヌーを降りる時だね」
「確かに、前屈みになりました。落ちた感触なかったんですが、でも、そのタイミングですね……」
と、3人で再び、川の中に入り(と言っても浅いので膝下くらいまでしか水はないのですが)カヌーを降りた地点まで、戻った。
10数秒、見つからなかったのだけど、川の砂が光っているところがあって、砂を避けると、透明な水が流れる川底に、「僕はここにいるよ」と必死でメッセージを発しているかのようなiPhoneがあった。
防水ではなかったのだけど、奇跡的に、機能も無事だった。
よかったよかった。

震えるポケベル

このiPhone水没で、思い出したことがある。
あれはまだポケベルが出だしの頃で、僕もポケベルを使っていた。
きっとまだ30代、いや20代だったかもしれない。
文字が打てるやつではなく、連絡用に使っていた自宅の留守番電話にメッセージが入ると、そのポケベルは震えるようになっていた。ポケベルが震える、つまり留守電が入ったってことなので、メッセージを確認する、そう言うやつだった。
そのポケベルをベルトにつけて使っていた。数年は使っていたと思う。愛着もあった。

そして、ポケベルが鳴らなくて

僕は鎌倉に住んでいて、東京のオフィスの通勤には、横須賀線を使っていた。
横須賀線は、駅と駅の間隔が長く、また長距離を乗る人も多いので、トイレがついた車両がある。
もう暗かったので、帰宅している途中だったのだと思う。
会社を出る時に、急いでいたのか、トイレに行ってなかったのだと思う。
滅多に通勤時に横須賀線のトイレを使うことはないのだが、その夜は、トイレに入り、用を足そうと思った。
その時の状況はよく覚えていないけど、急(せ)いていたのかもしれない。
ベルトを緩めた瞬間に、そのベルトからポケベルがスルリと落ちて、ステンレスの便器に当たり、その奥の闇へと消えた。
覆水、盆に帰らず。
ポケベル、ベルトに戻らず。

僕の自宅の留守電にメッセージが入るたびに、震えてそれを知らせてくれたポケベル。
暗闇の底に落ちてしまった。
それでも息絶えるまで、力の限り震えてくれていたに違いない。
メッセージが入ったことを、全身で僕に伝えようとしてくれていたに違いない。

さようなら。本当にありがとう。寂しいよ。

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