夏の前だった。
僕のLINEに、数ヶ月返信がなかったある人から、久しぶりにメッセージが届いた。
そのアカウントの持ち主は中学の同級生の女性。ここではJさんとしておこう。
僕らの中学時代といえば、50年くらい前の話だ。
50年、と書いて自分で驚く。
もう、そんなに時間は過ぎてしまったのか。
まあ、50年も前の話だけどね
彼女は、早熟で大人びていたけど、それはまだ少女の魅力を深く湛えていた。あどけなかったしな。
決しておしゃれというわけではないショートカット。前髪を無造作げに流していた。
顔立ちは穏やかで整っていた。何と表現していいかわからないけど、博多人形に中学生バージョンがあったらきっとその頃の彼女のような雰囲気になると思う。
陸上部だったんだけどね。
いずれにせよ、ナンバーワンクラスの美人で男子生徒の間では、当然だが人気があった。
じゃあ、僕は彼女に対してどうだったかというと、ほのかな憧れなど、全く持っていなかった。
キレイな人だな、とは思っていたけど、それ以上、以外の感情は持っていなかった。
何でだろう。まあ、僕はまだ子供だったからな。
ただ、僕も女子にはめちゃくちゃモテていた。おそらく、3学年でナンバーワンだったと思う。
僕が図書委員をやっていたから、多分中学2年の時だったと思う。
図書館で僕がカウンター当番図書館をやっていたら彼女がやってきた。
「田中くん、この本借りたいんじゃけど」
「おう、Jさんか」
この時、多分僕らは初めて会話をしたと思う。
この中学で一番人気のある女子と男子の初めての会話だ。
何かが始まっても不思議じゃない。
彼女が差し出した本のタイトルは、記憶は曖昧だけど
「奈良・京都の仏像」といった感じのものだった。
修学旅行に行くので、クラスのグループで予習するらしい。
僕は小学校の高学年の頃から、蒸気機関車と仏像が好きだった。
どんな子供だったんだよ、と言うツッコミはなしでお願いしたい。
彼女がその仏像の本を借りにきたのをきっかけに、僕は、今度の修学旅行で逢うはずの法隆寺の釈迦三尊像の話をした。
今思えば、何してんだよ、と自分で自分にツッコミたいけど、
滔々と仏像の話を始めた男子に、Jさんは1ミリの興味も示さず、むしろ困惑気味だったと思う。
No.1同士の女子と男子の初遭遇だったのに、ホットな展開は全くなかったのですよ。
それから、彼女と僕は、校内ですれ違えば、会釈をする程度の関係。
卒業して違う高校に行ってからは、もう、ずっと会うこともなかった。
45年後の春。山の奥のスタジアムで
そんな彼女に、45年後に再会することになる。
それは、エディオンスタジアム。
僕は、ここ15年くらいサンフレッチェ広島のサポーターをやっている。
60歳の時。つまり今から5年前。
まだ春の頃。当時は山奥にあったスタジアムのバックスタンドで彼女に再会した。
通路ですれ違う時に、僕が気がついた。
彼女は、中学時代と全く変わってなかったから。
その頃のスタジアムは今と違って混んでなかったし。
彼女も僕も、友達のグループで応援に来ていたので、5分くらい話しをして、LINEの交換をして、その時は別れた。
それから数日後、彼女と近所のスターバックスでちょっとだけデートをした。
お互いに他意はない。つまり僕も下心はない。
そして彼女に聞いてみた。
「中2の時に図書館でさ、僕が仏像の話をしたの覚えてる?」
彼女は覚えていてくれた。
さらに、修学旅行をきっかけに仏像が好きになり、京都や奈良に出かけることもある、と言うことだった。
それから、彼女と二人で会うことはなかったが、中学時代の友人のグループで小さなパーティを何度か楽しんだ。
そんなことがありながら、世界はコロナ禍に突入した。
彼女や友達とはなかなか会えなかったけど、LINEで繋がっているので、それなりに会話ができた。
彼女とは主に、サンフレッチェ広島と仏像のこと。
サンフレッチェのゲームは基本週に1回あるので、それくらいのペースでLINEのメッセージ交換をした。
LINE再開。
今年は、サンフレッチェ広島は新しいスタジアムでゲームをする。
僕たちが待ちに待った新スタジアム。
彼女と再会したスタジアムは、山の奥にあったけど、今年からは街中にある。
僕は彼女に「新しいスタジアムで一緒にみんなと応援しよう」とメッセージを打った。4月のことだ。
「行こう行こう、楽しみにしているね」と返事だ来た。
スタジアムは、毎回満員。
彼女とみんなと行きたいな、と思ってたけど、
でもそれ以降、彼女からのメッセージが滞っていた。
7月の初めに、彼女のアカウントからメッセージがやっと来た。
でもその送り主は、彼女ではなく、彼女の娘さんだった。
5月に彼女は、亡くなったと。
人は いつだって少しだけ 恋をしながら 生きていくのさ
再会できてよかったな、と思う。
でも、もう会えないんだな、とも思う。
彼女に恋心は持っていない。
でも、彼女のことを思いながら、ああ、なるほど、と感じたことがある。
人は いつだって少しだけ 恋をしながら 生きていくのさ。
と、
