数日前に仕事で広島に戻った。戻ったと書いたのは、広島は僕の故郷だからだ。高校を卒業してからというものは、ずっと関東で生きている。その間広島なんかどうでもいいや、とか思っていたように思う。でも50代になってからは、広島のことが色々と気になり始めた。なんだろう、帰巣本能が作動したのかもしれない。そしてサンフレッチェ広島にハマった。
が、今回はサンフレッチェ広島の話ではなく、お好み焼きの話をさせてもらいます。
東京で知り合った広島の友人が、元々蒲田で肉玉というお好み焼き屋をやっているのだけど、昨年、広島の横川にも肉玉をオープンさせたので、そこを訪ねた。
肉玉横川店で美味いお好みをいただきながら、美味いなあ、これだよなあ、と舌鼓を打ちながら、そうだな、僕はずっとお好み焼きのことを考えていたんだな、と改めて気づいたので、そもことを書こうと思う。
Contents
名物ってなんだろう? 繁華街のお好み焼きの値段を見て考えた
これはもう数年前。広島の繁華街を歩いていて、お好み焼き屋さんの値段にびっくりした。1,200円くらいが平均的な値段。
まあそうか、それくらいの値段がしても不思議ではないよな。
広島と言えばお好み焼き。その図式が成立してしまった今は、それくらいの値段が妥当なのかな、と思いながらも、一方でどうも違う感じがした。
お好み焼きがどのようなプロセスで広島に生まれ育ったのかはよく知らないし、もう、知ってる人もわかる人もいないだろう。
ただ、僕が子供の頃、お好み焼きとどのように生きてきたか、ということはしっかり覚えている。だから、まずはそれを話したい。
土曜の昼ご飯だったんじゃ、お好みは
よく覚えているのは、僕が中学生時代の土曜日だ。当時は土曜日も事業が4時限まであった。我が家は母が家で塾をやっていたので、帰宅しても昼飯の用意が大変、というので、たまに五百円程度を持たされて、「帰りにお好みを食べて帰りんさい」と言われることがままあった。(お好み焼き、とは呼ばず、お好み、と言うことが多かった)
放課後の帰り道、昼飯に立ち寄るお好み焼き屋さん。そこには、店の真ん中に大きな鉄板。焼くのはおばちゃんと決まっている。決しておじさんではない。そして壁には油とソースが付着した感じの漫画が並んでいる。椅子に積んであることも多かった。これらを読みながら、おばちゃんがお好みを焼き上げてくれるのを待つ。
ワシ(いつの間にかワシ表記)が頼むのは、いつも肉入りまで。卵もソバ(広島の場合、当時はあるいは今でもお好み焼き屋さんでは中華そばのこと)も頼まない。そんな贅沢をする余裕は我が家にはなかった。肉玉そばは、家族でお好み焼き屋さんに行く時だけの贅沢だったんよ。
そして、肉入りだけでも十分に美味く、ワシの記憶によると、350円くらいの値段だった。
暮らしのメシから、名物へ
そう、ワシのとってのお好み焼きは、そんな感じ。
そして今は、お好み焼きは広島の名物になってしまった。
それはとてもええことじゃ。お好み焼きは広島の誇りじゃ。広島に来たらみんなお好みを食べてくれ。おたふくソースもカープソースも美味いけえ。
でも、一つだけ、言いたいことがある。
あの頃のお好み焼き屋のおばちゃんは、必死で金勘定をしながらも、自分の家蔵のために、広島で一所懸命に勉強したり、クラブ活動をして腹をすかしているこどもたちのために、みんなのためにお好みを焼きよったんよ。それがおばちゃんの心意気じゃった。じゃけえ(だから)美味かった。そばや卵、肉がなくても。メリケン粉とキャベツともやしと、おたふくかカーブのソースと、鉄板のヘラがあれば、おばちゃんの想いが乗り移って美味く焼けたんよ。アツアツじゃけえ。
名物に美味いものなし。でも美味いのもいっぱいある。どこで違ったの?
母はいろんな諺を教えてくれる。名物に美味いものなし、もその一つ。
確かに、当てはまる名物と呼ばれるものも多い。でも、めちゃくちゃ美味い名物もたくさんある。諺とはそういうものだけど。
でも前者と後者はどこで差がつくのだろう?
それは、その商品が生まれてそして人気が出始めたころまでの心意気がずっと続いているということなんじゃないだろうか。
ちょっとニュアンスが難しいけど、損得勘定だけじゃなくって、誰かのために、という心意気。
実はこれ、スローフードの原点でもあったりするのです。(今、日本に伝わっとるスローフードの概念はちょっと違うと思っとる)
ワシはお好み焼きが好きじゃ。ほいじゃけー(そうだから)、広島のおばちゃんの心意気はそのままに、発展して欲しいんよ。
また食べに帰るよ。ほいで、広島に観光に来た人のためにも、おばちゃんの心意気で焼いてくれい。
今、地方創生とか色々やっとるところは多いけど、その基本は、例えばおばちゃんの心意気なんじゃと思う。それがあるかないか。ということは本来のスローフードの精神なんよ、キーワードは。
