この歳になっても、苦手なものがいくつかある。
犬は苦手だ。これは子供の頃からずっと。
牡蠣もダメ。子供の頃から。
僕は広島生まれ広島育ち。それも地御前という地域で、牡蠣の養殖が盛んなところ。でもダメなんですよ。
それから最近は、大声が苦手になった。
酔っ払いがどこかの駅前で大声を出しているのは、これはもう勘弁してほしい。
そして最近、苦手なものリストに一つの事象が増えてしまった。
マウントだ。
マウントを取るのは、格闘技の世界にだけしておいてほしい。世に蔓延るマウント合戦の不気味さ
コミュニケーションなどを通じて、相手より優位であることをマウントを取る、というけど、元々は、格闘競技の言葉だったと思う。
自由とか大丈夫が、元々仏教の用語だったけど、ちょっとだけ別の意味で使われるようになったのと同じようなことだろう(そうかな?😅)。
グレイシー柔術の衝撃
あれは何年くらい前だろうか?
グレイシー柔術のホイスグレーシーが世に言う「何でもあり」の格闘技の大会で連戦連勝をスタートしてしばらくしてから、マウントという言葉が使われるようになった。
当時立技贔屓だった僕は、キックボクサーや空手家が、柔術の選手にマウントを取られ負けていくのが切なかった。
今なら、当時立技の選手が柔術家になかなか勝てなかったのもわかる。
共通項の多い競技だけど、やはり柔術とキックボクシングや空手は違うものだ。
格闘技をやる人の目的もまたそれぞれだ。その競技で勝ちたい人、護身術として技術を身につけたい人。根性を鍛えたい人、体を健やかに保ちたい人。
だから「何でもあり」の大会で当時はあのような結果が多かったのも今ではよくわかる。
それで何が強いか強くないか議論することがいかにナンセンスか。
いずれにせよ、僕は、今でも全盛期の前田日明が最強である、と信じてる。
ああ、話が格闘競技になってしまったよ。
マウントの話に戻そう。
会話の格闘技、マウントの取り合い
日常の会話で気になることがある。
例えば。
友人を飲み会に誘ったとしよう。
「ごめん、その日の夜は先約が入ってて」
まあ、よくあることだ。
ただ、その返事として
「ごめん、その日は友達と京都に旅行行ってるんだ」
この場合の京都旅行の情報、いる?
「行けないんだよ、モスクワからやってきたバレエ団を見に行くんだ」
いらないでしょ、モスクワ以降の情報。
Facebookなどでよく見るんだけど、
「沖縄の那覇で泡盛を飲もうと思ってまーす」
という無邪気な投稿に対して
「あ、それだったら○○○という店に行ったほうがいいよ。そこは会員制で、俺、会員なのでマスターに紹介するよ」
とコメントする。
それ、ダイレクトメッセージでやってくれ、と思う。
これら、僕は全部マウントを取りに来ていると思うんですよ。
有名人がお亡くなりになった時のSNSがどうも苦手
有名人が亡くなった時のSNSも気になることがある。
例えば有名な俳優さんが亡くなった時。
「その俳優さんとは、5年毎に一緒に仕事をさせていただき、プロの魂を見せつけられました。ご冥福をお祈りいたします」
5年前に仕事をしたエピソードいる?
プロの魂の話いる?
当たり前じゃ、相手だってプロなんだから。
結局自分がその有名な俳優さんと仕事をしたことを自慢したいだけなんじゃないか、と穿った見方をしてしまう。
どなたかがお亡くなりになった時の弔意は、自分の心の中にしまっておけよ。有名な人がお亡くなりになったことに託けて、自分を大きく見せようと思うなよ、
とついつい思ってしまうんですよ。
まあ、僕も心が狭いと言うことなんでしょうね。
それくらいのスケールの小さな自慢したいんだからいいじゃん、と自分には言い聞かせていますが。
と、ここまで書いて、「あ、そういうことか」と閃いた。
「表現」にまだ高めないとダメなんだ、と。
情報の練度を上げて、相手を喜ばすところまで高めないとダメなんだな、ということだ
結局、
共感できるところまで、表現を昇華させるべきなんだよ。
いや、共感じゃなくてもいいんだけど、
「読んでよかった」「なんかしんみりした」「少し心が明るくなった」
なんでもいいけど、上等のエッセイの読後感を与えることができるくらい、
事実を表現にまで昇華させた上で、発信するべきなんだろうな。
それは会話だろうが、発言だろうがおんなじで。
それはエッセイになり、短歌になり、俳句になり、詩になるんだ、と思った。
マウントを考えていて、表現することの一つの意味に今気づいた。
きっと、小学校で大好きだった先生に教えてもらっていたはずなのになあ。
ちなみに、この文章に出てくる那覇のエピソードで、店のマスターを紹介するよ、と書いたのは何を隠そう、この僕です。
これ、ここでネタバラシすることもマウントになるのかな?
いずれにせよ、カッコよくないなあ。
そんなこんなで、
僕は表現の世界を追いかけて行こうと、改めて決心した2025年。夏真っ盛りの8月です。
