こんな旅をしてみたい

イタリアの地中海が見える峠で出会った天上のパスタ

これは、今まで生きてきた中で、最も美味しく心が震えたパスタの話です。

あれは何年前だろう。今の私をご存知の方は想像もつかないだろうけど、私は、バイク(自転車)が大好きで、1週間程度の休暇が取れたら自転車をパッキングして国内国外問わず、よく出かけていました。
おそらく2002年。日韓ワールドカップが終わった後。JALのマイルがたまっていたので、成田からミラノの往復のYクラスのチケットを確保して、飛行機にり、中田英寿のプレイを見るために、パルマに飛んだ。
ということは、もうセリエAーは開幕していたわけで、秋から冬にかけての季節だったと思う。
ボーイング777が成田を飛び立ち、機内食を食べ終わると、その列の席の全ての肘掛を跳ね上げて簡易ベッドとして使った。横になって3分くらいで眠りについた。
目が覚めると、朝だった。
窓の外を見ると、眼下にはちょうど雪を頂いた山脈。ボーイングはミラノに舞い降りるその前に、イタリア半島の付け根で立ちはだかるアルプスを越えていたところだった。

列車の中の話は、また今度

異国の列車では、いろいろなことが起こる。今回のミラノからパルマへの列車でも、予期せぬ(予期はしていなかった。期待は少ししていたが)出来事があった。スイスの26歳の青い瞳で雪のような肌の女性と、仲良くなることができた。その話は書きたいのだけど、今回はパスタがテーマなので、次の機会にします。ただ何も書かないのはあまりにももったいなにので一つだけ。わたし私は未だに彼女と(名前はJasmin)とフェイスブックで繋がっていて、数十年たった今でもたまに会うということ。ユーロスターで出会ったときに比べると、お互いに同じほど年を取ったが、彼女の美貌は変わらない。

天上のパスタの話

パルマでのゲームは凡庸だったかもしれない。実はよく覚えていない。中田英寿は紛れもなく一流のサッカープレイヤーだか、ミラクルパルマと呼ばれていた頃の力は既に無く、欧州サッカーファンの方ならよくご存知かもしれないが、その後のパルマの落ちていくすがたから逆算しても、私がこのゲームをよく覚えていなくても許されるのではないだろうか。ヒデはそれでもスタディオ・エンニオ・タルディーニでもスーパーだったけど。

次の日から、自転車でサイクリングの旅に出た

鎌倉から連れてきた自転車にまたがり、私はパルマ地方の旅に出た。
その委細はもう記憶にないが、道々で美しい風景に出くわしたのは間違いない。心臓の鼓動がいつもバイクで行くときよりは、おそらく数%高めになっていた。それは高地を走ったせいなのか、美しい風景に数分おきに出会ったからか。
残念ながら、写真は無い。当時はiphoneはもちろんないし、デジカメは既に発売されていたが、私は持っていなかった。飛行機に写真フィルムを積むのは手続きが面倒だったのでカメラは持たない主義だった、いや、面倒なことが嫌いなだけですけどね。

パルマから地中海を目指し、サント・ステーファノ・ダーヴェト(ここがまた、中世の城塞等が残り素晴らしい)を超えて、さらにバイクを漕ぎ、峠を越えて道は下りに入り、もうペダルを踏まなくてもよくなって数分後だったと思う。突然、海の香りがした。
右手に海が見えてきた。地中海だ。バイシクルスーツを通る風が心地よい。
上り下り1車線のそれでもしっかり舗装された道が左にカーブしていて、少し急峻な山というか丘というか、とにかくその本体が道まで大きくはみ出していて、行く手をふさぐ形になっている。そのためにそこは、石の壁の短いトンネルがあった。トンネルの向こうにも地中海が見える。
そのトンネルを数秒で通り抜けたときの風景の印象は、未だに忘れることができない。
地中海の青とその上に広がる空の藍、雲の白。透明な風……。
そして、コーナーを曲がったその直後。山側(左側に当たる)に、そのリストランテはあった。

 

シンプルこそが、美しく官能的なのだ

それほど大きくはない、今風に言えばイタリアの古民家。もう、そのリストランテの名前は忘れた。かつては親子孫3代で住んでいた家をリストランテにした、そんな感じだった。
私はバイクを庭に倒して扉を押した。テーブルは4つ。お客で全部埋まっている。
孫がいても不思議はないが、夜の酒場で会ったなら、ちょっとは口説いてもいいかもな、という感じの女性がやってきて「テラスの席なら用意できる」と言った(ように感じた。というか、まあ、それくらいは身振りで分かる)。
私はよろこんでテラスの席に座った。
風がほほをなでる。太陽の香りがする。少しだけ波の音がした。
「食事がしたい」と伝えると、「残念ながらランチメニューは全部フィニートだ」と先ほどの女性が言う。
私が少し困った顔をして、それでも心の奥では、マジに口説いてもいいなあと邪な思いを遊んでいると、それを察知したかのように、店主(おそらく彼女の旦那だろう)がやってきた。腹が少しだけ出ているがいい男だ。がたいもでかく、腕っぷしも強そうだ。

彼は私に、いきなり右のストレートパンチを繰り出した、というのは嘘で、ハンサムな顔を、少しすまなそうにして「簡単なパスタ料理ならできるんだが。パルメジャーノとそこで採れる岩塩を振っただけのものだが、うちの息子は生れたときから大人になった今でもこのパスタが一番好きだ。どうだ?これでいいか?」
と聞いてきた。
どこに断る理由があるだろう。
私は改めてそのパスタと、炭酸水を頼んだ。炭酸水も近所で採取できるらしい。

少し長めのシャンパングラスに注がれた、炭酸水を口に含むと、暑い最中に少し粒を感じる冷たいミストの風が吹いてくるようだ。

そして、10分くらい待っただろうか。
白く丸いプレートに、ゆであがった、やや薄いレモンイエローのパスタがクルリと小高い山のように盛り付けられ、その上にたっぷりのパルメジャーノとキラキラ輝く岩塩が乗っていた。透明な空気の中に温かい湯気が立ちあがっている。黄金のバターがパスタの熱さでゆっくりとろけていた。

海が眼下に広がる。天を仰げば、丘の上に少し深めの真っ青な空に雲が飛んでいる。
これは天上のパスタだ。何とシンプルな。

日本に帰ってきて、あのシンプルなパスタが食べたくて、まねて作っては見たが、遠く及ばない。
あの時、あの場所で、出会えた奇跡のようなものだったのだ、と思う。
つまり、二度と帰ってこない、そしてとても大切な旅の思い出なのだ。

という話は、全部嘘。作り話。
羽田空港の第1ターミナルに卵かけご飯屋さんがあり、シンプルだけど人気があるよなと思い(私は入ったことはないしこれからも入らないだろうけど)、
また、随分前だけど、JALかANAの機内誌に、こんなパスタが紹介されていた。
それから、かつてアルプス越えでミラノに入ったことがあったので。
そのあたりをミックスして作った妄想の旅の思い出。
でも、こんな旅、してみたいなあ……。

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