エッセイ

眉間に浮かぶ小の字は小学教師の証と父が言い

父は気難しい人だった。細かいと言った方がいいんだろうか。それとも繊細と言うべきなのだろうか。
その気質が整理整頓方面にも及んでいた。
僕の性格や振る舞いをご存知の方からは想像できないだろうが、父は神経質までにキレイ好きだったんですよ。
書斎の、いや、書斎と呼ぶのは気が引けるが、父が書斎のように使っていた部屋に置かれた座り机は、天板の上も引き出しの中も、置かれたものの関係は全て直角に垂直に平行になっていた。

そんな父でも忘れ物をすることがあった。家の近所の小学校で教員をしていたが、例えば、ある日、始業前に母宛に電話がかかってきて「わしの机の右から右上、2番目の引き出しの左から3番目に青色のボールペンがあるはずじゃ。忘れてしもうたけえ学校まで持ってきてくれ」と言った具合だ。

母は、そんな父を評して、「新井白石のような人じゃ」と言っていた。父もそれにはまあまあご満悦だったのだが、僕はまだ小学生だったので、新居剥製のことは知らなかったが、まあ父が喜ぶような人なんだろうなとは思った。
僕は66歳になったが、それでもなぜ父が新井白石で喜んだのかは未だにわからない。

父は気難しい人でもあったが、時によくわからない冗談をかます人でもあった。まあ、機嫌の上下動が激しかったんですよ。
その日も、父は何に対してか忘れたけど、少し苛立っていて眉間に皺を寄せていた。

僕には姉がいる。5歳ほど年上だ。多分もう中学に上がってたと思う。
土曜日か日曜日の休みの日だったのだろうか。姉は、機嫌の悪い父のそばで、腫れ物に触るように気をつけながら何かしていたけど、姉は突然すごい発見をしたように、父の顔を見て、少し大きな声で父に告げた。

「眉間に小の字が出とる」

姉の素晴らしい発見であった。少しイライラしていた父が眉間にシワを寄せていたが、その時に、見事に縦に3本、真ん中の線は長く、左右の線は短く、少し外に開いて小の字を描いていた。
父は最初何のことかわからなかったようだったが、姉が眉間のシワが小の字に見えるのを説明して、なるほどと思ったらしく、鏡まで行って自分で自分の眉間に現れた小の字を見て、大笑いを始めた。

いや、本当に見事に美しい小文字だったんですよ。

「お父ちゃん、なんで小の字が出るん?」
姉だったか、僕だったか、素直な気持ちで質問した。すると父は、
「ワシは小学校の先生じゃけえ、小の字が出るんじゃ」と真面目な顔をして答えた。

姉は半信半疑だったけど、僕はそれを素直に信じた。まだ幼かったんだな。

「じゃあ中学校の先生になったら、中の字が出るん?」
これは僕が父に聞いたのだと思う。
この質問に対しても父は真面目な顔をして
「もちろんじゃ。その時は中の字が出てくるで」
と嬉しそうに答えた。

今思えば、父は中学校の先生になることはなかったわけで、まあ、父なりの冗談だったんだと思う。

父との楽しい思い出はあんまりないんだけど、これは楽しい思い出。
それでも僕は父が大好きだ。

それからというもの。小学校で父の絵を描くときは、必ず眉間に小の字を描いていた。

 

眉間に中の字といえば、キン肉マンに出てくるラーメンマンですよね。キン肉マンといえば少年ジャンプだけど。
父の眉間の「小」の字に関するたわいもないやりとりの数年後。僕は少年ジャンプのハレンチ学園を読んでいることが父に発覚して激怒されることになる。
いやー怒られたなー 。それでも母は僕のことをかばってくれたんだよね。
母も大好きだ。

 

-エッセイ
-, ,