エッセイ

鎌倉の大福

春のお彼岸も過ぎて、鎌倉はソメイヨシノが一気に咲いた。
若い頃は、桜の蕾が膨らみ始めると、花見の段取りにソワソワしたもんだけど、ある時期からさっぱり心が動かなくなった。
年を十分に取ってしまったのだ。
ただ、花より団子の精神はまだしっかりと身体に染み付いているようで、この季節は煎茶で桜餅を食いたくなる。

鎌倉の由比ヶ浜通りを六地蔵の交差点から長谷の方に歩いて、海岸通りの終着の交差点を少し過ぎた辺りに「するがや」という和菓子屋さんがある。
長谷駅の近くにも同じ名前のお店があるが、由比ヶ浜通りの方が本家だ。
長谷駅の方は、色々なバリエーションのどら焼きがあってどれも美味い。
以前は散歩がてらどら焼きをよく買ってぱくついていたが、身体のことを考えてもうやめた。甘いものを食べるには、そう、花見に興味がなくなったのと同じように年を取り過ぎたのだ。

ただ、本家の方の和菓子は、老夫婦が営んでいらっしゃって、年季が入っているからだろう、その美味さは別格だ。名人芸なのだ。
この季節は本家するがやの桜餅を一つだけいただくことが僕の毎年の恒例となっている。

桜餅は、もちろん美味い。菓子切で二つに分けて口に入れると、ホロリと衣が綻んでじんわりと少し控えた甘さが滲んでくる。
緑の香りの煎茶でいただくと。もう、花見は十分だ。

ここ何日か寒さが戻り、春とは思えない冷たい雨が降っていたけど、今日はお日様も顔を出し花見に打って付けの日だ。

本家するがやまで、歩いて5分もかからない。散歩にもならないが、桜餅を買いに出かけた。
最近僕も仕事が立て込んで多用にしていたので、自分へのご褒美という言い訳をして、塩大福もいただこうと思った。

本家するがやの看板商品は、塩大福だ。
白い柔らかな餅で丁寧にさらした餡を巻いたその姿は、凛として儚い。
創業は昭和十二年。先代が始められたのだろうが、現店主もかなりのご高齢だ。その店主がこの繊細で、しかし凛としているお菓子を丁寧に作り出しているんだろうな。
鎌倉の大仏はもちろん鎌倉の名所だが、するがやさんの大福は、鎌倉の大福、と言えるほどの銘菓だと僕は思っている。

さらにするがやの素晴らしいところは、和菓子が入ったケースの向こう側で微笑んでくれる奥様だ。
美人なのだ。年齢のことを触れるのも無粋だけど、65歳の僕よりは年上だ。その年齢を超越して美しい。
この奥様に会えるのも、本家するがやに菓子を買いに来る大きな楽しみなのだ。塩大福と同じように、奥様も看板娘なのだ。

お花見といえば、一つだけ悔しい思い出がある。
あれは30代の頃だ。当時僕は武蔵野の井の頭公園の近くに住んでいた。桜の花盛りの頃、金土日と3連休があり、友人たちと花見をしようと相談していた。
多くの仲間が金曜日がいいと主張したが、僕と誰かの都合がつかず、結局日曜日になった。
当時僕は独身で、花見に誘った仲間の中に少しだけ好意を抱いた女性もいたのでとても楽しみにしていた。
ところが土曜日に風が吹き雨が降った。天気予防は快晴だったのに。
春の嵐が荒れたのは短い時間だったけど、井の頭公園の桜を散らすには十分だった。
「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは」とは言うものの、当時若かった僕らは、花が盛りの木下で、お酒を飲んで盛り上がりたかったのだ。

時は戻らない。
ナイフで切ったように終わるのは、夏だけじゃない。

そんなことを思いながら、5分もかからない散歩は終わった。
するがやに到着した。
美人の奥様と少し、たわいのない会話をして、桜餅と塩大福をいただこうと思った。

シャッターが降りていた。
小さなショーケースに貼り紙があり
「しばらくの間、本店は休業します」と書いてある。

僕は、また塩大福をいただけることを信じている。
もう、桜の季節じゃなくてもいい。
夏でも、秋でも、冬でも、どんな時でもするがやさんの塩大福は、いただくことにする。

するがやの大福は、
多くの人にとって、もちろん僕にとっても。
鎌倉の大福なのだ。

-エッセイ
-, ,