日記

勉強も何もかも全く足りてない。思い知らされた元カノとのデート。 (短歌風)

数十年ぶりに、大学時代の友人に会った。タイトルは「元カノ」になってるけど、これは短歌のためのフィクション。後輩がノンフィクション。

京都で身体の勉強をしていて、そいつがたまたまある能楽師との仕事で近くに来ていたので会うことになった。

そいつとよく酒を飲み遊んだのは、1年くらいだったか。テニスサークルで一緒だったんだけど、学部が違ったのでそれぞれが勉強に費やす時間が増えるにつれて、疎遠になっていった。
僕は地理学を探求し(探求は言い過ぎだな)、ヤツは心理学を深く学んでいった。

時は流れど、変わらないギラギラ感

京都の百万遍の喫茶店で再会したが、ヤツの第一印象は、変わらない。いや、あの頃よりギラギラしている。
二十歳前後によく遊んだ友が40年の時を隔てて尚、その頃よりギラギラしているというのは、なんと豊穣な人生を送ってきたのだろうか。僕は運ばれて来たコーヒーの香りを確かめながら、僅かに嫉妬し、自分の航路を振り返った。

そう言えば、ヤツは、学生時代の1年間にも満たぬ期間だったが、僕の守備範囲を超えた世界を見せてくれた。
駿河台の名曲喫茶でチャイコフスキーのバイオリン協奏曲の魅力を教えてくれ、新宿の花園神社では、唐十郎という鬼才が作る異空間を体験させてくれ、身体を動かすことはアートであることも教えてくれた。
誰がなんと言おうと構わない。自分がこれだと感じたことは、躊躇せず(本人はそれなりに躊躇していたのかもしれないけど)実行した。それはまるで、ダンスのようだった。

今の僕を自分で少し観察してみると、ヤツとよく遊んでいた1年間の影響を随分受けている。ヤツがいなければ、今の僕はもっとつまんないヤツだっただろう。
さて、再会してこれから、どれだけ僕がヤツに影響を与えることができるだろうか

友よ、また会おう

東京での再会を約束し、ヤツを見送った。
まあ、ヤツなりに色々考えながら生きて来たんだろうけど、僕には、ヤツのガムシャラさが印象に深く残った。
本当にガムシャラだったのかどうかはわからない。が、少なくとも僕にはそう感じ、そのことがやはり羨ましく素晴らしい友だと改めて感じさせてくれた。もはやヤツのフィールドは、駿河台、早稲田、高田馬場を超えて、世界になっている。

友よ、また会おう。
次は、数十年の時を経るのではなく、数ヶ月後には会うことになるだろう。
それまでの期間は、まず、僕もガムシャラで行こうと思う。もう、60歳も近いのだが。
時は、未来から今へ流れてくるのだから。

(タイトルの短歌のようなものは、そんな気持ちを込めたものです)

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