くだらない話

高校の学食に、早飯の教師を見た

数年前までは、部屋にいるときはテレビを何となくスイッチオンして、何をするにしても流していたど、ある時からやめた。
音や映像がランダムに脳を刺激して、きっと何のいいこともないぞ、と感じたからだ。
もちろんテレビのプログラムは全部シャットアウト、ということではなくて、興味あるものは収録してみるようにしている。

その中の一つが「関ジャム」。
今(と言っても1950年代とかの話題になることもあるけど)の音楽に関して、いろいろ解説して、実に面白い。

僕は既に60代だから、ターゲット外にはなるんだけど、50代と40代に尾崎豊がランクインしていた。
卒業とか、十五の夜とか。
尾崎豊や彼の歌が心に響くなぁ、と思ったのは、彼が亡くなってから1992年から、僕が33歳の時だ。

もう青春と言える年齢ではなかったし、実際、僕はそこそこの企業に勤め、上司の機嫌を損なわないように、卒なく仕事をしていたつもりだった。
そんな僕に、尾崎豊の歌は、確かに何かを訴えかけていた。それが何だったかは、よくわからないんだけど。

で、関ジャムで尾崎豊の歌が流れてきて、解説の方が、当時はまだ学校が権力の象徴になっていて、そこに反抗する高校生・若者、という図式の歌だった、といった話をしていた。
僕は、その感じは何となくわかった。そして、高校時代を振り返っていた。

まだ昼休み前、学食にて

僕は、広島市の公立高校に通っていたけど、まあ、それはつまらない高校で(僕の選んだ高校時代の過し方がつまらなかったんだと思うけど)、やり直せるなら、あの頃からやり直したいんだけど、それも無理。とかぼんやり思っていたら、一つの事件を思い出した。
まあ、事件というほどではないんだけど。

その高校には学食があった。

カレーやうどん(広島は、蕎麦ではなくうどん文化)、親子丼などの限られたメニューだったけど、それはそれで生徒たちは重宝していたと思う。僕も、そこそこ利用した。
で、ある時。
3限と4限の間の休憩時間。学生食堂の前を通ると、早い昼飯を食べている人がいた。
数学のMという教師で、風紀担当だった。生徒に厳しい態度で臨むことで知られていた。
その高校は地元の国立大学(まあ、広島大学だけどね)に生徒を入学させることが全てと言った暗黙の方針があったんだけど、その割には、教師は教える技術を持っていないなあ(数学のT先生は一流だったけど)と思っていた。

Mも「人生とは、人間と時間の関数だ」みたいな、気の利いた風のことを言ってたけど、こっちは、自分をとことん突き詰めると宇宙のことがわかるかも、なぜなら自分と宇宙は完全に補完する部分関数同士だから、くらいのことを考えていたので、この教師の数学に対する考え方、人生に対する考え方は緩い、と思っていた。

普段からそんな風に思っていたもんだから、M先生が、早飯をしているのにカチンときた。
生徒はこの時間に昼飯を食うのは許されない。なぜ、教師ならいいのか。

大人の事情、って何だ?

で、私はつい、M
「何で、昼休みでもないのに、昼飯食うんですか?」とストレートに聞いた。
M
「大人には大人の事情があるんだよ」
としたり顔で答えた。
答え次第では、大人しく引き下がろうと思っていたんだけど「大人の事情」と言う返答が許せなかった。
僕は、すぐ
「生徒にも生徒の事情がありますけどね」
と反論した。

Mは数秒、静止した後、箸を置き、食堂を出て僕の方に向かってきて、僕の前に立って
「生意気なことを言うんじゃない」
と言いながら右腕でビンタを放ってきた。

僕は、暴力が嫌いだ。愛の鞭が許されるのは、SMプレイだけだ。

その瞬間、右足を一歩踏み出し左手を手刀にして、僕の顔に向かってくる手首の急所・寸脈に押し打ち付けた。
右手は無意識にMのさらなる攻撃に先制を加える準備として右顎のあたりに握拳を構えていた。

寸脈に打撃を与えられると、これまマジに痛い。激痛。
Mはよく我慢したと思う。「痛い」の一言も、ましてや悲鳴も漏らさなかった。
その後どうなったかは覚えていない。職員室に呼ばれもしなかったが、まあ、Mからの心象は悪くなっただろうな。

僕は、その頃からずっと「大人の事情」と言うのが嫌いだった。
そのことを、尾崎豊の歌が、思い出させてくれた、と言うお話でした。

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