正月の3日に、大学時代のゼミのみんなと新年会をやった。毎年ゼミの先生も招いて酒を酌み交わすのがここ数十年の恒例となっている。
ただ、ここ数年は新型コロナウイルスの影響で中断されていたが、今年は数年ぶりに再開された。
もちろん、全員が揃うわけでもないのだが、ゼミを担当して下さったN教授(当時。今は名誉教授)もありがたいことに毎回ご参加していただいている。
今年もしっかりとお話をさせていただいた。90歳になられるが、ご専門の地理学に対しての想いは、衰えることはない。
千曲川を見下ろす姥捨の棚田にて
先生とお会いすると、必ずと言っていいほど、話題になることがいくつかある。
その一つが、姥捨の棚田に近い宿で、先生と私が話したことについてだ。
N先生のゼミの仲間は、新年会は毎年行っていたが、数年に一度、旅行にも出かけていた。これにも先生はわざわざ出張って下さっていた。
何年前の旅行だったか、先生のご専門の棚田を見にいこうということになり、千曲川を見下ろす姥捨に出かけた。
やはり棚田は美しい。人が生きる意思を持って行動した歴史と文化がそこにあり、それがなんとも美しいのだ。月が田毎に写るように思えるのも美しいのだろうけど、生きる意思のその繋がりを私は美しいと思う。
夜になり、酒を酌み交わしながら先生との話になった。その頃は先生も私も酒を飲んでいたように記憶する。
「お前は今、どんなことをやっているのだ?」
元々、広告を作ったりブランディングとか訳のわからない仕事をしているので、説明も難しかったのだが、その辺りの説明を一通りして、日本酒を海外で販売する仕掛けを作ることもやっていて、先生に話したいことがあったので、その話をした。
根知谷で醸される日本酒のこと

Pour the sake into a sake glass. Rice and ears of rice in the background
私はそのゼミ旅行の少し前に、日本酒を海外で評価してもらうための仕事に関わっていて、新潟県の糸魚川は根知谷を訪ねたことがある。
日本は、フォッサマグナで東と西に別れているが、根知谷はまさにそのフォッサマグナで、その別れている割れ目に、美味い酒を醸す酒蔵がある。
知る人ぞ知る渡辺酒造だ。
渡辺酒造の話をし始めると、また、長くなるので、近いうちに描かせていただくが、とにかく根知谷は、日本酒を作るための谷のようになっており、谷の緩やかな傾斜にしたがって、整備された棚田が広がっている。
こちらの棚田は、姥捨とは違い、畦などが近代的に整備されているが、これもまた立派な棚田。渡辺酒造では、これらの棚田で自ら酒米を育ててそれを収穫し酒を仕込む。
くどいようだが、このあたりの話は、めちゃくちゃ面白いので、近いうちに絶対に書くので、そちらをぜひ読んでいただきたい。
話を戻すが、私はこの根知谷の棚田と棚田の米で日本酒を醸す渡辺酒造のことも、N先生に話した。
先生は、根知谷に興味を持たれたようで、遥か遠くを見るような表情をされた。
しかし、先生が口にした言葉は、私にとっては意外なものだった。
いや、先生、私はこれでよかったと思っています
「お前の言うことをもう少し聞いてやればよかったかもしれんなあ」
先生は、私にこう話したのだ。
なぜ先生がこのようなお話をされたかは、それは私が大学4年の時まで遡る。
私は、大学院に行きたかったのだ。大学院で、もっと地理の勉強がしたかった。
ただ、研究一筋に掛ける、という想いは足りなかったのだろう。
大学院を目指したい、と相談した時の先生は
「お前は、研究には向いてないんじゃないか? マスコミなどがいいと思うぞ」
と答えてくださった。
私は、研究したいという想いもあったが、マスコミのような世界にも憧れていたのも事実。まあ、チャラかったところもあり先生はそこを見抜いていたのだ。
結局私は広告の世界に入るのだが今は、地域の仕事もいくつかやっていて、地理が好き、といった影響もあるのだろう。
つまり、私は研究者ではなく、地理好きの人だった。
でも、先生が、数十年経って、今一度大学院のことを思い出して下さったのは、私にとってはとてもありがたいことだった。
いや、先生、私はこれでよかったと思っています。色々やって今があるのですから。
先生は、その数ヶ月後に、根知谷を訪ね、渡辺酒造も訪れ、棚田や酒造り、フォッサマグナの東と西では水の質が違うこと、雨飾山から降りてくる雨が素晴らしい稲を作ること、谷に吹く風が一方向なのでそれがまた稲を健やかに育てることなど、色々なお話をされたそうだ。
私もご同行させて貰えばよかった、と、たった今、思った。
なんて機会を逃したんだろう、私は。
再びのご縁は、ブラタモリ
昨年(2022年)のことだ。
ブラタモリで根知谷が取り上げられた。
渡辺酒造も登場したとのこと。私は残念ながら、見逃してしまったが。
そして、不思議なことがあるものだ。
フォッサマグナや棚田に関して、NHKからN先生に取材があったそうだ。
だからその回のブラタモリのエンドクレジットにはN先生のお名前も登場している。
これは、渡辺酒造さんからの紹介でもなんでもなく、偶然のことだった。
N先生と渡辺酒造の蔵元と、そして私と。
根知谷の涼やかな風に吹かれながら、僭越ながら3人で酒を酌み交わさせていただきたい。美味いだろうなぁ。
