エッセイ

甘苦い海の香りのする宿の 囲炉裏に灯る火は消え果てて

学生の頃は地理を専門に学んでいたこともあり、年に数回旅行に出かけた。
旅行と言っても、本当に勉強の旅行で、地理学科ではそれを「巡検(じゅんけん)」と呼んだ。

大学3年の夏だったと思う。
青森県の陸奥小川原湖に、ゼミのみんなで巡検に行った。段丘を調べるのが目的だった。
せっかく東北まで行くのだから、陸奥小川原湖の巡検の前に、いくつか行程を継ぎ足して大学生の夏を楽しもうということになった。
レンタカーを借りて、十三湖の方から東北に入り、斜陽館などを周り、十和田や奥入瀬を抜けて、八戸辺りに入った。

八戸の鮫町の宿の名前は石田屋旅館

はっきりとは覚えていないが、しっかりとした昔ながらの旅館で、趣があった。まあ、学生だったので、趣なんてわかりゃしなかっただろうが、それでも、こんないい感じの(当時はこういう言い回しはなかったかな)宿に泊まれるんだ、と嬉しかった。

私たちゼミの学生は10人程度いただろうか。大広間に集って晩飯をいただいた。
3年生でもう20歳を超えていたから、酒を飲めるものは飲んだ。
何しろうまかったし楽しかった。

海のそばの宿で、海鞘が出た

小さな器の海の中で、赤い角がこちらを向いていた。
箸で挟んで口の中に入れた。
海鞘は何度か食べたことがあったが、石田屋のそれは口に含むと塩の香りが満ちて、噛み砕くと苦味と甘味がじんわりと滲んできた。

新鮮な海鞘を食べた直後に水を飲むとその水は甘く感じる、ということらしい。宿が用意してくれた水を口に含んだ。軽やかな甘さを運ばれてきた。

夜になると、旅館の玄関近くに囲炉裏があり、みんなで集まって酒の続きを飲んだ。

旅館の主人が、鮫町に伝わる民話や、太宰治、柳田國男、井伏鱒二などの話をしてくれた。多くの文人がこの宿を訪れたそうである。そしてこの主人の村次郎氏も、詩人であった。

また、石田屋旅館に行こう、とみんなで話した

この正月に、ゼミの仲間が集まって酒を酌み交わした。これは毎年恒例になっている。
私は数年ぶりに参加して、この石田屋のことも話題に出た。

みんなもある程度覚えていた。宿の佇まい、主人のこと。もちろん海鞘のことも。
またみんなで行ってみたいものだ、ということになった。

石田屋旅館、八戸で検索をしてみた。
それは叶わないことがわかった。

石田屋は、もうないのだ。
既に廃業してしまい、その後、震災の時の津波に流されてしまったとのことだ。

私たちが訪ねたのは、夏のことだった。
囲炉裏に火が灯る季節に訪れて、主人の話をまた聞きたかった。

大学を卒業して数十年経ったころ、壇太郎のエッセイを読んだ。
その中で石田屋旅館のことが書いてあった。
石田屋旅館の海鞘は、絶品であると。

今、改めてもう、食べることはできないのか、と思った。

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