大崎下島常夜灯

エッセイ

人生の大半を、致命的な勘違いで過ごした僕の叔父さんの話

子供の頃、夏休みになると必ず遊びに行っていたところがある。
大崎下島。親戚がいた。
大きな家の縁側に座りでおじさんと話すのが好きだった。
瀬戸内海の海が見えた。波がなく、海面は太陽にキラキラと光っていた。
船がよく通ったが、その後には航路の波が立った。
西瓜を一緒に食べながら、よく叔父さんの話を聞いたものだ。

大英帝国華やかなりし頃の話

叔父さんは、何でも若い頃はイギリスに留学してそのまま仕事をしていたらしい。だからイギリス時代の話が多かった。
何の仕事かは言わなかったけど、どうも際どい仕事だったのではないだろうか、と今にして思う。どこかの諜報活動に関わっていたのではないかと。
当時のイギリスの「ホント?」という話をたくさん聞いた。
中でも、ジェームスボンドのモデルになった人(複数人いたらしい)の話は最高で、その中の一人が、叔父さんを訪ねてきたことがある(その時の話はまたいずれここに書こうと思う)
当時の首相と王室の関係や、子供の僕が聞いていいのか?というスキャンダルまで。
またシャーロックホームズの作者コナンドイルとの交流の話も面白かったなあ。何しろ、ホームズのいくつかのストーリーは、叔父さんがモデルになっている、と言ってたし。ホントかどうかは疑わしいが。
叔父さんがどこまでイギリスで活躍したかは分からないけど、僕に話してくれたことの多くが創作ならば、それはそれで、コナンドイルも顔負けのストーリーテラーに違いない。

プロポーズ

その叔父さんが、ある時、僕に人生最大の勘違いの話をしてくれた。
留学時代の話。
若い叔父さんは、当然のことだけど、恋に落ちた。
相手は青い目をしたブロンドの女性。空色のワンピースをよく着ていて、その時は必ず空色のカチューシャをそのブロンド髪に乗せていたそうだ。
二人は恋を育み、叔父さんは彼女の家にも招かれるようになり、親交を重ねた。

そして、ある秋。ロンドンでは珍しく、青空が眩しかった日に、空と同じ色のワンピースとカチューシャの彼女に叔父さんはプロポーズした。

ちょっと緊張したんだろうな、叔父さんは。プロポーズだもの。
僕と結婚してくれ、とストレートに言えばいいものを、
ちょっと不思議な言い回しをしたらしい。
日本語で言うと
「僕は君と結婚したい。
そして僕が日本に帰るとき、君は僕についてこないって選択肢はあるかい?」
と言う言い回し。
彼女は、叔父さんのことが大好きだったので
「Yes」と答えた。
「もちろんついて行くは」という意味で。

人生最大の勘違い

でも、テンパっていた叔父さんは、「ついて来ない選択肢」に対して彼女が「Yes」と返答したと勘違いしたらしい。つまり、あなたにはついて行かない、と言ったと。
日本語では、
「ついて来てくれないの?」に対して
肯定する場合は「いいえ、ついて行くは」と答えることが多いし
否定なら「はい、ついて行きません」となることが多い。
でも英語は、肯定の場合は「はい、ついて行きます」となる。
相手が否定形で質問して来ても、それをそのまま受けるのではなく、自分はどうするか、ということを基準に返事をする。だから「Yes」。ついて行きます、だったのに否定されたと瞬間的に勘違いしてしまったのだ、僕の叔父さんは。
僕が中学の英語のテストで間違ったヤツだ。

今と違って、当時は国際結婚なんて相当大変だった。大英帝国のお嬢様が極東の辺鄙な国に嫁ぐのはそりゃ大事件だったはず。
そういう先入観もあり、叔父さんはプロポーズを断られたと勘違いしてしまった。
気づいたら、パブでビールを飲みすぎて酔いつぶれていたらしい。

それで紆余曲折があり、叔父さんは日本に帰って来て日本人と結婚する。まあ、それが僕の叔母さんなんだけど。

「これがワシの、人生最大の致命的な勘違いじゃ。この話は叔母さんには言うなよ」
瀬戸の沖をのんびりと進む小さな連絡船を眺めなながら叔父さんは僕に言った。
どうせこの話も叔父さんの作り話だろうな、と思ったけど、でもよくできてる話だな、と僕も連絡船を眺めながら微笑んでいた。

ところが数年後、この話が本当だったことがわかる。そのロンドンの彼女が、広島を訪ねて来たのだ。またその話も傑作なんだけど、また今度。

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